ササクレポン

ただのメモ帳のようなもの

父と母について

先日の記事で、父がやらかしたことについて書きなぐったが、あれだけ読むと父のイメージが異なる気がして、父について改めて書いてみようと思った。ついでに母のことも。

 

 

娘から見た、父の印象

 

父の職場に連れていってもらったことがないので、仕事面での父の姿は知らない。知っているのは、プライベートの父のみだ。家での父はほぼ無口で、ゴロリと横になり煙草を吸いながらゴルフなどのテレビ番組を見ている姿しか覚えていない。もちろん、子供の頃は家族で遊園地やプールやハイキングなど色んなところに連れて行ってもらったが、それは母主導でのことで、父と2人でどこかに行くとか、父と2人でお喋りするなんてことはなかった。ああ、煙草のお使いを頼まれたくらいしか会話がなかった(私の子供時代は子供が煙草を購入できた)。なので、父が行方不明なるとか見栄のために借金をするとか、いきなり言われても理解できなかった。逆に、父はそんな一面があるのかと感心したくらいだ。父と触れ合う時がこんな感じだったので、父がどんな人間だったか、いまだにわかっていない。不器用な人だったのかなとは思う。

 

娘から見た、母の印象

 

母はひと言でいうと器用でパワフルな人間である。我が家は子供が多かったので、家事はもちろん子供の習い事のケアまで大変だったろうが、さらりとこなしていた。ご近所関係もよくやってたし、コミュニティの中心にもなっていた覚えがある。ただ、私は母のことが苦手だった。私はたいへん不器用な人間だったので、宿題を忘れたりなんなりで毎日怒られてばかり。毎日毎週ことあるごとにパーのビンタをいただいていた。これは私が不器用であり時代が昭和だったから仕方ないことだとずっと思っていたのだが、引っ越し先の友達の家はなんとそうではなく、両親はいたっておだやか。たぶん当時住んでた寝屋川の治安が悪かったせいだ(突然の寝屋川DIS)。まあでも引っ越し先でもビンタは無くなったがめちゃめちゃ怒ってた。いまの母はもうおばあちゃんなのでそういう怒り方はもうしないが、そういう過去なわけで、私はいまでも母が苦手である。母は器用でパワフルではあったが、仕事に関しては苦手意識があるのかパート以上のことをしなかった。あれだけコミュ力があるなら、子供が大人になったタイミングで社員になればいいのにと思ったのだが、どういう理由か社員にならずパートのままだった。「同僚の仕事の仕方が下手で…」と愚痴をいうので「なら社員になってその同僚の上司になって教育したらいいのに」と答えると「そこまではやりたくない」とこぼす。母のことはだいたいわかるのだが、この感覚についてはまだよくわからない。ある意味、父と真逆な意味で不器用な人間なのかもしれない。